人によって音楽の聴きかたにはさまざま
なスタイルがあります。たとえば俺であれば、子供のころからクラシックばかり聞かされて育ったせいか、歌詞というものがほとんど聞こえず、人間の声もひと
つの楽器のように思えます。また基本的にリズム楽器というものにさほど興味関心がなく、ハーモニーとメロディこそが音楽の基本だと思っている節がありま
す。 さて、このテキストのテーマはまゆみさんなので、まゆみさんの音楽の聞きかたについて書きます。 まゆみさんは、脳の構造の問題なのか、あるいは子供のころあんまり好きじゃない歌謡曲をさんざん聞かされた後遺症なのか「なんとなくかかっている音楽」は 嫌いだといってもいいくらいです。自分が集中して聞く音楽はいいのだけれど、自分の意志と無関係に鳴っている音楽が嫌いであるらしいのです。しかし集中し て聞いているつもりでも、いつのまにか「自分の耳元で音楽が鳴っている」という事実を忘れるらしい。俺が、空き地に落っこちているプラスチックの管かなん かを木の棒で叩いても音楽に「聞こえてしまう」のと比較すると、これはもう、脳の構造が違うとしかいえないんじゃないかと疑いたくなります。 そうはいってもまゆみさんにも音楽の好みというものはあります。特にボーカルに関しては好みがうるさいというか、一種の神経症なんじゃないかと思うくらい のこだわりがあります。あとはギターの音は「快」はなくとも「不快」はあるということ、変則的なリズムやノリがない曲が好きではないことなどが現在のとこ ろ判明しています。 また、音楽の好き嫌いとは無関係によしあしはわかるようです。俺も長いこと音楽を聞いているので、曲としての完成度はなんとなくわかるし、そう外してはい ない自信があるんですが、その俺から見てもまゆみさんの耳はかなり正確です。しかも具体的に「どう完成度が高いのか」というところまで判断できるっぽいで す。 まゆみさんがいちばん気に入っているのはグレイのボーカルの人の声です。俺は正直そんなに魅力がわかりませんが、初期のアルバムなんか聞くと、これはあき らかに力のある声だということはわかります。まゆみさんの声に関する趣味の基準は「力があること」らしいです。そう言われると、俺なんかは「じゃあサム& デイブなんかどうですか」とか思ってしまうわけですが、そういうことではないらしい。グレイのボーカル以外では、ボン・ジョヴィのボーカルはお気に入りの ようです。まああれもあきらかにいい声だからねえ。ひとつ確実なことは「音楽的でない声はだめ」というのはまちがいありません。だから、いかに迸るパワー があろうともJBはだめなわけです。もっともあれ、迸ってるのってパワーじゃなくて別のものかもしれない。 まゆみさんは「いい声」を欲してはいても、音楽そのものを聞くことにはさほどの興味がありません。だから「いい声」を得るために音楽をたくさん聞くのはめ んどくさいわけです。そこで俺がかわりにいろいろ音楽を探したわけですが「声しか興味がない」というわりに、声以外の部分に関する嗜好も実にやかましい。 すげえめんどくさい人です。 俺はボーカルの趣味としては、いわゆる「エモーショナル」とかいう形容で表現されるような声が好きです。それはたとえば、子供のころにCMで流れてきたロ バータ・フラックの春の陽光のような声であり、FMから流れてきたジャニス・ジョプリンの声だったりします。特に最初に「サマータイム」を聞いたときの衝 撃はいまでも忘れられません。「これは本当に人間の声なのか」と疑った。荒涼とした冬の枯野を吹きすさぶ風のような痛烈な声。人に魂があるとして、その魂 が丸裸のまま絶叫しているような、人をも自分をも傷つけずにはおかないような切実な歌。 ただジャニスの声が音楽的かといえば決してそうはいえないわけで、そういう声を心の底から愛している俺には、結局まゆみさんの声の趣味はわかりようがないようにも思うのです。 そんなわけで、まゆみさんの気に入る声が見つけられないでいたある日、まゆみさんのほうから言ってきました。 「クイーンっていうやつの声なら聞けると思うよ」 魅力的な声を条件に音楽を探していて、フレディ・マーキュリーのことを思い出さないはずがありません。一度は提案していたのですが、たぶんまゆみさんのイ メージのなかには、一度だけ見てしまった、上半身裸、下半身タイツ姿のフレディの姿があったと思うのです。声云々以前にあの外見の異常な濃さに拒絶反応を 示す女性は多いようで、まゆみさんも例外ではなかったのでしょう。にしてもフレディはいろんな意味で濃すぎます。顔濃い、胸毛濃い、声濃い、ホモ濃い、死 因濃い。実際は知りませんが、汗までねっとりしているような印象があります。そりゃだめでしょう。 しかしまゆみさんにしても「声がいい」という事実は否定しきれなかったようです。そこでベスト盤のCDをその場で購入し、早速車で聞きました。 以下は、まゆみさんというより、俺のクイーンというバンドに対する感想になります。ちなみにまゆみさんはフレディ・マーキュリーの声は気に入ったようです。 音楽好きを自認しながら、実はクイーンというバンドに関してはラジオから流れてくるのを聞いたことがある程度でした。今回、最終的にはほぼすべてのアルバムを聞く機会を得ました。 以前からクイーンというバンドに「統一したイメージ」というのを得られていなかったんですが、まとめて聞いてみて理由がわかりました。そもそもそんなもん ないんですね、このバンド。MP3にしてまとめて聞いたんですが、俺もまゆみさんも、通して聞いてみて、最初シャッフルかかってるんじゃないかと疑ったく らいです。それくらいポリシーないんです。ボーカルの声とブライアン・メイのどうやって出してるんだかわからない変でしかも重厚な音のギター、そして異様 な厚みのコーラス。これだけのアクの強さがあれば細かい音楽性なんか逆にどうでもいいのかもしれません。 それにしてもこのフレディ・マーキュリーの声ってのはいったいなんなんでしょう。とにかく表現できるものの「幅」みたいなのが異常に広い。しかもその 「幅」のなかのどこをとっても、まちがいなくフレディ・マーキュリーの声なんです。一発でわかる。これはギターにも共通していえることかもしれません。俺 は楽器に詳しくないし、聞き取れるほうでもないですが、ブライアン・メイのギターって、どこで聞いても一発でわかるような気がする。 深みのある低音から、ときに透明に、別のときには明確にロックとして響く高音。無駄なんじゃねえかと思うくらいの声量。もちろん技術的にも呆れるほど高レ ベルです。70年代のスティービー・ワンダーのアルバムを聞いたときによく思ったことだけど「神に与えられた」としか形容のしようがないような才能という のは、ごくまれに存在するものなんだとあらためて思い知らされた次第。 今回ちょっとまゆみさんとあんまり関係なかったけど、ご容赦ください。まずなにより、俺自身がクイーンっていうバンドにびっくりしてしまった。 そういやどうでもいいんだけど、フレディ・マーキュリーってゲイだったんだっけ。バイセクシャルだったんだっけ。覚えてねえや。まあ、どっちでもいいよね。音楽には関係ない。 |
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