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2ヶ月ぶりの更新なわけですが、なんでそんなに間が空いたのでしょうか。ゲームやってたのは確かなのですが、それが原因なのかどうかは記憶にありません。
更新する気になったのはゲームが終わったからではなく、ミックスサンドだからです。
今日(日付変わっているから正確には昨日)は木曜日、SV巡回の日だった。以前の巡回時刻は朝9時だったのだが、あちらが夜に変えてくれというので現在は21時からとなっている。本来ならこの時間、俺が店にいることは極稀で、これでしばらくあの面拝まなくて済むと思っていたし、そうであったのだが高校生バイトに仕事を教える都合上、かなりの頻度でその時間帯は店にいなければならなくなってしまった。もちろん、今日もだ。
MK2が出勤する22時まで逃げおおせようと思っていたのだが、SVから話しかけてきた。微妙な距離のとられかたが気になる。これは嫌な話に違いない。
「ミックスサンドなんですけど・・・。」
よりによって一番避けたい話題だった。
平静を装って話し合いのテーブルに着く。すると彼は1枚の紙を俺に寄越した。数字がいっぱい、よくわからない。彼の説明によるとミックスサンドのデータであるらしく、管轄全店分出ているらしい。今度はどういった視点で俺の説得にあたるんだろう。
彼の説明は続く。なんとか値とかなんとか率がどうのこうのと言っている。俺にはさっぱり理解できない。そもそも用語を知らないのだから当たり前だが、いちいち説明を求めるのも面倒に思い適当に相槌を打ちながら紙を眺める。日販高い店はやっぱりサンドイッチも売れるのねぇ、などと関係ないことを考える。でも高日販店でもそれほど馬鹿げた数字ではなかった。伸び悩んでいるのは全体の傾向か。
データの解説を終えたらしい彼は、まとめに入ったようだった。そしてこう言った。
「ミックスサンドの発注数をもっと増やしてください。全体の○%(忘れた)を目安に。」
なぜミックスサンドでなくてはならないのか。管轄内1位だからか? だがうちではハムタマゴのほう人気がある。欠品回数は比較的少ないし、廃棄も出ている。チャンスロスは少ないといえよう。主軸をハムタマゴに絞っただけだ。ミックスサンドがメインでないことが気に入らないのだろうか。そこまでミックスサンドに拘る理由がわからない俺は黙り込んでしまった。
それから彼は、ため息とともに俺に次のデータを寄越した。沈黙の意味を取り違えたようだった。
今度はなんだ。てりやきバーガー? なんでいきなりベーカリーが出てくる?
彼はてりやきバーガーの発注についてMK2に話してあると前置きしてデータの解説に入ろうとしたが、引き留めた。ベーカリーの発注担当である俺ではなく、なぜMK2に話したのか、そしてその話を俺は聞いていない。
「え? ベーカリーの発注はオーナーじゃなかったんですか?」
バカか、あんたは。俺だと何度も言ってるだろうが。うちは分担制、お互いの発注には基本的に干渉しないとも言ってあるだろう。3ヶ月たってまだ覚えられないのか。
そろそろ苛立ちが隠しきれなくなってきた。
では、と彼は改め、てりやきバーガーについてのデータ解説を始めた。こちらのデータは、さっきのミックスサンドに比べさらに数字が細かく、項目が多かった。聞き流すまでもなく理解できないから内容は右から左へと素通りした。が、どうやら彼は、てりやきバーガーでは欠品させずに廃棄を出しつつも販売数を伸ばしてきたのだからミックスサンドでも同じことをやれ、と言いたいらしかった。
販売許容に一日以上差があるてりやきバーガーを比較の対象に選んだことが理解できない。在庫が溜まっても一日発注を止めればほぼ廃棄が出ないてりやきバーガーと、売れ残れば即廃棄になるミックスサンドを、同じ考え方で発注しろ、というのか。もう我慢ならない、いいよね、キレちゃって。
他人には絶対しない怒りも顕な口調で睨みつけながら、なぜてりやきバーガーの話を持ち出したのか、どうしてそこまでミックスサンドでなければならないのかを問い質したら、彼はしどろもどろになり、遂には言葉が途切れ話は終わってしまった。俺が怖かったからか、説得を断念したからかはわからなかったが。
怒りが収まらないまま、バイトのところに行く。客の中に嫌いな同級生だかがいたらしく、デスノートに名前書いてやりたい、と呟いている。ついでだからあいつ(SV)の名前も書けと命令したが、持ってないから書けないと返される。そりゃそうだろう。
その後、教えた作業のチェックをして、高校生バイトたちには上がってもらう。彼らが帰り支度をしている間、どうでもいい話をして盛り上がっているうちにMK2が出勤してきた。
見るからに不機嫌、さっきキレた俺がいうのもなんだが感じ悪い。高校生たちも引き気味だ。なにはともあれ、一応SVとのやりとりをMK2に報告しておく。
バイトたちが帰り、話し相手がいなくなった俺は仕事を片付けるために売り場に出る。来週の提案や展開についてはMK2とSVが話してくれるだろう。彼はそのために来たんだし。
ノベルティの品出しをしながら、さっきのSVの話について考える。
現在、サンドイッチは前年比82%と絶不調で、日に日に下がっている。担当者としてはなんとかしなければいけない。
なぜミックスサンドの必要性を説かないのか。定番だし販売順位が高いのはわかっている。うちでもハムタマゴに次いで2位だ。だが1位でなければならない理由と、ミックスサンドを売り込まなくてはいけない理由もわからない。それがわかれば発注数を増やすことを考えないわけではないのだが、過去、それで失敗している。時が過ぎれば状況も変わる、今なら失敗に終わることもないのかもしれない。やってみなければわからないのだが、過去の結果が痛すぎて踏み切れない。だからこそ、余計にミックスサンドの秘密を知りたかったわけなのだがなにも言っていなかった。
なんでもいいからミックスサンド、ミックスサンドミックスサンド。あんたはミックスサンドのなんのだ。使命はミックスサンドを売ることなのか。わけわからん。帰ったらミックスサンドを辞書登録しようかな。「み」で変換とか。
などと考えていたらSVが帰っていった。来週の新商品や、提案を話し終えるにはやけに早い。気になってバックルームに戻り、MK2に聞いてみた。ろくすっぽ話してはないらしい。なんなんだ、なにしに来たんだ彼は。待ちくたびれたのか? そうではなくMK2は、SVは逃げたのだと言う。ということは。その原因の大半は俺ってことになるのだろうか。え、俺のせい?
自称高レベル店オーナーのMK2は、あのSVは高レベル店を知らないのだ、だから俺が自ら教育(説教?)をしてやろう。俺が正しいのだから俺に従えとわざわざ教えてやるのだ、と息巻いている。また病気が始まったようだった。俺は巻き込まれたくないから勝手にやってくれ。
そんなこんなの2時間でした。
でもなんで俺の担当ばかり食らうのでしょうか。
おにぎりに始まり、セットおにぎり、ハムタマゴにミックスサンド、ノベルティ、ソフトドリンクなどなど。そんなに俺のやり方が気に入らないんでしょうか。彼個人が? 本部のご意向で? そんなもの俺にはわかりませんが、俺だってなにかにつけて突っかかってこられたら気に入りません。MK2のように表面上だけでも従うふりをすればいいのでしょうか。もちろんそんなことできませんししませんが。
2007/06/29 07:07 カテゴリー: まゆみさんの備忘録 | 個別ページ | コメント (2) | トラックバック (0)
今日の夕食だか夜食だかなんだかわからない食事は、デニーズでした。
ちなみにまゆみさんはあまりデニーズが好きではありません。まゆみさんは、7で始まる某チェーンがなんだか無性に好きではないらしく、系列であるデニーズもその例に漏れません。
というより、まゆみさんにはデニーズが好きではない切実な理由があるのです。
「なんかさー、デニーズの食べものって、みんなデニーズ味がしない?」
する。すっげーする。
味のことなので説明は難しいんですが、ほとんどくさみに近いような過剰なうまみです。特にハンバーグのソースにその傾向が濃厚。また、デザートとかパスタでも味の演出としての人工的な感じがかなりするのです。
「これさー、なんか入ってるよ。デニーズ専門の調味料。ひそかに開発されてたんだよ。きっとセブンの弁当にも入ってるね」
「あー、デニの素」
我ながらめちゃくちゃしっくり来ました。
まゆみさんが言うには、調理のあらゆる段階でこのデニの素が使用されてるらしいです。白飯にも振りかけてあるとか。
「デニの素のビン、絶対に7のマーク大きく入ってるね」
うん。俺も入ってると思います。
デニーズに行ったらぜひ味わってください。その味が本当に料理としてのおいしさなのか、あるいはデニの素による幻惑なのか。
でもあれ、ほんとになんなんだろ。ほかのチェーンとかで、冷食くさいとか化学調味料っぽいってのはよくあっても、ああまでチェーン固有の独特の味ってあんまりないんだけどなあ……。
ところでひさしぶりに行ったデニーズなんですが、メニューが大きく変わってました。
ちょっとわかりにくいかもしれないですが、
http://www.dennys.co.jp/dj/menu/recommend/special/images/index_img_01.jpg
まあここに貼るまでもなくぐぐれば一発ですけど。
俺らが見たのはディナーメニューだったんですが、メニューの中央ほとんどを「少なめ」のメニューが占めてました。これが、微妙に一食分には足りず、さりとて二つ頼んでしまうと多い雰囲気。実際俺は、カルボナーラとわさびおろしのハンバーグを註文したんですが、あんまり食が細くない俺でもちょっと多かったです。
実際データがあるかどうかは知らないんですが、たとえばサイゼリヤ。あそこ、単品は安いんですが、意外に客単価高いと思うんです。サイゼリヤで「つい註文しすぎた」という経験のある人も少なくないんじゃないでしょうか。特に大人数で行った場合。
それを狙うにしてはちょっとバラエティ感が貧弱。
もっとも考えやすい組み合わせとしては、サイドメニュー+少なめメニュー+ドリンクバー、なんですが、これで予算は1300円から1500円くらいでしょうか。もともとファミレスとしてはデニーズのプライスゾーンは高めですけど、もしがっつり食いたい男がデニーズに行った場合、これ、相当に高くつくと思うんですよね。人により差はあると思いますが、ファミレスで払える金額の上限って、だいたい1500円くらいじゃないでしょうか。できれば1000円ちょっとで収めたい。
このメニュー構成でいちばん狙いやすいのって、おそらく「金持ってる女性」なんですよ。デニーズには都心立地が多いことも考えると、まあ実際狙ってるのはそのへんじゃないかと思われます。最近じゃオズマガジンとかるるぶもかなり高い温泉宿とか平然と紹介しますからねえ。相対的に自分の自由に使えるお金を、女性が多く持ってる、という傾向はあるんでしょう。
しかし、あれだけの店舗数を持っているチェーンが、ファミリー層や男性層の切り捨てに近いことをやってくるというのはすごいです。いい悪いじゃなくて、よくやるなーと思う。
あとは車のなかで、最近ネットでよく見掛ける「上から目線でものを言うな」という発言の不思議について話したんですが、トイレに行きたいので書くのやめます。てゆうわけで、トイレに行ってきます。ちなみにわさびおろしのハンバーグはおいしかったです。カルボナーラはまあ、ふつう。
全体的にみて、デニーズはまあ、おいしいんですよね。確かに。
あと、意地でもセルフのドリンクバーと紙おしぼりやらないのね。特にドリンクバーは不思議だ。まあ背景になんらかの理念はあるんだろうけど、もう「もういいもん。うちドリンクバーやらないもん」ってすねてるように見えてきました。「私は! これが正しいって信じてるの! それでいいの!」と言い張ってるいじっぱりなデニーズたんの擬人化が見えました。うそです。見えてないです。てゆうかファミレス擬人化くらいもうだれかやってるよね。あと「活性たん」というのを考えたんですが、だれかすでにやってますか?
よし。トイレだ。
2007/06/27 04:05 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (1) | トラックバック (0)
昨日は新商品の展開日でした。それはまあいつもどーりのことをやるだけなんで、やりました。
あとは焼肉を食べに行きました。安楽亭です。安楽亭の椅子に座ってから、牛角という選択肢があることを思い出しました。正直同じ金を払うなら牛角のほうが満足は高いです。
コンセプトからして安楽亭と牛角は違うんですが、いちばんの印象の違いは、ひとことでいうと「密度」です。安楽亭はすかすかで、牛角はなんだかみっしりと店内にいろいろ詰まっています。空間の使いかたは言うに及ばずだし、ごく平均的な店舗の客数にしてもやっぱり疎密の違いがあるんですが、いちばん大きく違うのは「店舗」という空間が、いかに客にとっての「意味」を持っているかです。
牛角の内装は「雰囲気」を演出するために、すべてに意味を持たせてあります。主張があります。そしてそこにいる店員の行動もすべて「客のために」という思想で動いています。生の人間としての店員、単なる箱としての店舗設備と、客のあいだに「チェーンとしての意思」というものが挟まっている感じ。だいたい成功するチェーンというのは必ずその「挟まっているもの」があります。特に近年成功するチェーンってのはその傾向が強いように思います。スタバしかり。しまむらしかり。
俺の商売はコンビニですけど、いっけん無個性に思えるコンビニですらもそれはあります。コンビニでいちばん成功してるのは非常にむかついてブッ殺したくなるところの某チェーンなんですが、商品開発において、いったいどれだけチェーン本部が関与しているのかわかったもんじゃないです。「コンビニの客層」というのをちゃんと見据えたうえで、メーカーと客のあいだに立って、いちばん「売れそうな商品」を開発することができるんです。物を置いとくだけで売れる時代じゃねーよなあ、と。
それは焼肉にしてもやっぱりそうなんで、安楽亭は、俺の目には、単なる箱としての店舗設備と、訓練されていない店員がいて、客に肉を提供するだけの施設に見えました。いや、俺とまゆみさんにとってはそういう無個性さこそが居心地がいいんで、必ずしもそれが悪いということじゃないんですが。だって肉食いに行くんだもの。肉食わせてくれればいいよ。
でもタレの味で負けてるのはどうかと思うんだけどさ……。
でまあ、それはさておき。
俺とまゆみさんはこだわり三種というセットメニューを註文しました。ハラミと和牛カルビと豚カルビのセットです。それでも食い足りなくて豚カルビを単品で註文したりもしました。まゆみさんは羅刹のごとく豚カルビを食べました。
帰りは23時30分くらいだったんですが、このへんの23時はもう深夜です。幹線道路ですら車が少ないです。裏道に入ったら車とすれ違うことすらないようなありさまです。
ここには都市機能があまりなく、したがってその都市機能を支えるために深夜に働く人もあまりいない。そして一人暮らしの人間もいない。
てゆうかたびたび書いてますけど、俺もまゆみさんもほんとに都市機能のまんなかで生きてたんだなーと思います。だめなのよ。自転車で行ける範囲にすべてが揃ってないと。コーヒーを飲むなら、本格的な喫茶店と、ドトールとタリーズとエクセルシオールとのなかでてきとーに選べないとだめなんだよ……。
ちなみにスタバは選ばないのでなくていいです。
2007/06/26 20:58 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
これからメインの更新はここになります。
とりあえず左のほうのサイドバーとかいうやつにぷち掲示板なんてものをつけてみました。だれの真似とはいいませんが、まねしてみた。なんか気軽に書き込んでやっていただけると嬉しいです。なんか「最近どう?」とか「ちゃんと便通ある?」とかそんなのでいいです。「はい。すごい便通です」ってちゃんと答えます。
あと、左のほうで蠢いているうさぎっぽいちびすけちゃんをつつくと、過去テキストからなんかてきとーに言葉を拾ってきて謎川柳とか読んでくれたりします。
なんかこー、ようやくお引っ越しが完了したので、気楽になりました……。
ここはツイッターか、っていうくらいにつまんない更新いっぱいすると思いますけど、あんまり気にしないでください。
そんなわけで、まゆみさんは腰痛でした。しかし治りました。俺は全体的に疲れています。てゆうか電話待ちです。浄化槽やさん、早く電話ください。おうち帰りたい。早く電話しないとおまえを浄化槽に叩きこむ。
まゆみさんは喘息がだいぶよくなったようです。今日は客が少ない。本当に少ない。
あと業務連絡。まゆみさん用の色はいちばん右の下から3ばんめの青いやつです。緑は俺の色で、黒はちびすけちゃんの色で、まゆみさんの色は青です。群青色かもしれません。おなかすいた。情報価値のまったくないブログへようこそ!
以前のブログでアンテナに登録してくれてた奇特な方とか、リンク貼ってくれてた奇特な方は、お手数ですがこっちに差し替えていただけるとありがたいです。おなかすいた。仕事したくない。おうち帰る。
2007/06/26 15:56 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
「しばらく更新をさぼっていたら」という定型句をそろそろ辞書登録したほうがいいんじゃないかと思うえむけーつーですこんにちわ。今日は日曜日ということで店も大繁盛。俺は仕事をさぼってテキストを書いています。
ここのところはなにをしていたかというと、家での余暇はほとんどまゆみさんとゲームをやって遊んでいました。ゲームのタイトルは「恋する妹はせつなくてお兄ちゃんを思うと以下略」嘘です嘘ですすっげえ嘘! カラオケじゃもってけセーラー服を絶叫であります。てゆうかカラオケなんかここ数年行ってないです。あと事務所に蚊がいるまじうぜえ。そして俺はどうしてこういう綱渡りみたいなネタを一生懸命に書いているのでありましょうか。
ちなみにまゆみさんは、自分ひとりで家にいるときは、ほとんどの時間をFF12に費やしているようであります。おもしろいらしいけど主人公がぜんぜん主人公としての機能を果たしていないらしいです。
昨日はひさしぶりに横浜に行って参りました。横浜くんだりまで出かけてなにをやっていたかというと、伊勢崎モールにある安楽亭で焼肉を食いました。車で2時間近くの遠出までして安楽亭。もう少しどうにかならないんでしょうか。でもここは横浜に住んでいたころ重宝していたのです。もともと深夜生活者である俺らにとって、朝5時まで営業してるというのはありがたい話でありまして。あんまり遅い時間に行くと、周囲から日本語聞こえてきませんけどね。
で、食った肉としては、ファミリーセットというとにかく安いのをひとつ。あとリブカルビというのを註文してみました。ファミリーセットはまあ、なんか「いやいいよ家で食うから」的な肉が出てきて、ソーセージとかも乗ってるんですけど、蓄肉スピリッツ満載の昔なつかしい味というか、まあともかくどうでもいい感じです。リブカルビは一人前630円もしやがるので、それなりのお味でしたが、まゆみさんは牛肉の牛肉たるゆえんであるところの肉の風味が嫌いなので、リブカルビはだめみたいでした。昔から俺の周囲には牛肉の嫌いな人ばかりが集まります。
で、そのあと南蛮屋という喫茶店に行きました。近頃神奈川で店舗数を増やしていくチェーン店らしいです。どんな店か知りたい人はぐーぐるさんに聞いてみてください。
スタバが世に蔓延しまくって「コーヒーを飲む」という趣味がやや一般化してきたのか、最近コーヒー専門店が少しだけ増えているような気がします。まあ、こう急速に店舗数を増やしているチェーンがあるってのはそういうことだと思うんですが。
まあ能書きはいいや。
内装はなんかヤケに凝ってました。入口はオープンカフェ風に開けっ放しになっていて、そこに「うちコーヒー屋だから。コーヒーしか飲めないから」という自己主張いっぱいのディスプレー。内部はダークブラウンというよりもはや黒に近いくらいの材木で統一されていました。照明はすべて間接照明、テーブルの上には小さな白熱電球をステンドグラスのホヤで覆った電気スタンド。まあ落ち着いた雰囲気といっていいでしょう。
よほど使い込んで何度もニスを塗ったような光沢が出てたんですが、店そのものは新しいはずです。新築でもああいう古い木造家屋みたいな味を出す技術があるのか、さもなくばどこかの古民家の建材を再利用したかだと思うんですけど。でもコストかかりすぎるよなあ、それだと。
喫茶店というのは、もちろん味を楽しむ嗜好品なんですが、それと同時に「おいしいコーヒーを飲むひととき」を提供する場所でもあります。どんなにうまいコーヒーでも、やっぱガストで飲むのは若干つらいものがあります。
さて、メニューなんですが、昨今のこの手のコーヒーにこだわりのある店では、必ずメニューに薀蓄が伴うことになっています。コーヒーってのは、ブラックで飲むと、豆によって呆れるくらい味が違うんですが、もちろん初めての人には、たとえばコーヒー豆のなかでも代表的な種類であるマンデリンやコロンビアでもどんな味なのか知らないわけです。そこで解説が必要、と。
で、この南蛮屋の場合は特上なんとやらってブレンドと「うまか珈琲」ってやつがおすすめらしい。初めての喫茶店ではブレンド飲んどけってのはだいたいの基本です。ただ、まゆみさんは極度にコーヒーの酸味が苦手なので、いちおーそれだけ確認してから註文。
なんだか喫茶店について語るブログと化してますが、あんまり気にしないでください。
で、味です。
特上のほうは、苦味とコク中心で、甘みも感じられる、というのがメニューの説明です。「うまか珈琲」のほうは、甘みとコク、あとまろやかさ中心みたいな感じらしい。
実際に飲んだ感じでは、意外にも特上のほうがトータルの味としてはやわらかい感じでした。焙煎の時期の関係かもしれません。そのへんまで行くと俺にもよくわかんないです。うまか珈琲のほうは、やや苦味のカドが立った印象でしたけど、まあトータルとしては確かにまろやかかな、と。どっちのコーヒーにも共通してるのは、ストレートの持つクセというかとがった感じを徹底的に消してあること。安心して飲める感じで、確かに店としてこれを押すのはよくわかる気がします。あと、特筆すべきは、焙煎からあんまり時間が経ってないせいなんでしょうが、後味にコーヒーの芳香のような部分だけが残って、エグみとかがいっさい残らなかったこと。違う種類のコーヒーの味を比較するときは、1回水を飲んで口のなかに残った香りを消すんですが、この店のコーヒーは、水で流してもほのかにコーヒーのいい香りだけが残る。こういうのは、そうは味わえません。
いつか日記に書こうと思ってそのまま放置状態になってるんですが、以前、甲府までドライブに行ったときに、ロシェという喫茶店に入ったんです。そこのコーヒーは、コーヒーチェリーのフルーティな感じがそのまま残ってるようなすげえ鮮度感で、それはそれで驚いたんですけど、というかすっげーうまかったんですが、南蛮屋のこの完成された感じというのも悪くないです。ほんと、コーヒーを飲みつけてない人でも、ブラックで飲んでおいしいと感じられるんじゃないだろうか。
ただ、どういうわけか、ほんのわずかな水っぽさが感じられました。濃さの問題ではないです。以前日記でも書いた加藤珈琲店のコーヒーは、そんなに濃くはなかったんですが、水っぽいという印象はほとんどなく、むしろクリアで引き締まった感じのする味でした。それと比較すると、ちょっと疑問が残る感じでした。
とはいえ、全体的に「おいしい」という印象は変わらないですけどね。
ところでまゆみさんは、マンデリンの攻撃的な苦味が好きらしいです。
以前、近所の行きつけの喫茶店で、俺が註文したコーヒーとまゆみさんが註文したコーヒーを、運んでくるおねーちゃんがどっちがどっちだかわからなくしてしまったことがあったのですが、俺がてきとーなのを選んで飲んだ瞬間、噴くくらいの攻撃的な苦味が襲ってきて、問答無用でマンデリンだとわかりました。
まあ、それはさておき。
伊勢佐木モールの南蛮屋はおすすめです。はい。コーヒーの苦味が気にならない人なら、特上なんとやらを飲んでまずまちがいないんじゃないかと。
さて、帰りの車のなかでは話をしました。
ここのところ俺は、烏蛇さんのとこの掲示板で「非モテは奢るべきか、奢らざるべきか?」というのをずっと読んでたのです。なかなか読みごたえがあったのですけれども、すでに旬も過ぎているし、俺自身は参加する気がまったくないのです。
俺は物事を俯瞰できないし、そもそも「この世界に通用する正しさ」というものにほとんど興味がないので議論というものはできません。自分なりの正しさといっても、俺の場合、極端な利己主義者なので、正しさもなにもないのです。正しくなくても自分にとって利益になるならそれでよし。たとえ世界が汚辱にまみれて、多くの人が悲鳴を上げていても、俺とまゆみさんが笑っていられればそれでよしです。もっともそういう状況では、そうそう笑ってるわけにもいかないんですが。
でまあ、まゆみさんにとってのヒマつぶしになるならば、と思ってこの話題を出したのですが、1秒くらい間を空けてですね、まゆみさんがしゃべり始めたときには、掲示板で出ていた目立った論点が立て板に水のごとくどんどん羅列されていくのです。この人いったいなんなんだろう、と不思議な気分になりました。しかしまゆみさんには知識がないはずなのです。それでなんで論点を網羅できるのか。
おそらくまゆみさんは、この問題に関する歴史的認識として「昔は男が外で働いていて、女はほとんど家庭にいた」くらいしか持っていないはずです。あとはバブルという時期があって、それが弾けた、くらいでしょうか。しかし、それでまゆみさんにとってはおそらく充分なのです。そういう過去があって、まゆみさんが現在見ている現状がある。だとすれば、あとは構造的に「見える」のでしょう。まゆみさんはナンプレというパズルをかなりやりこんでいるのですが、こうした問題もまゆみさんにとってはナンプレと一緒、ということでしょう。
「で、結論としてはどうなるわけ?」
「現実を見ろ、でしょ」
「いや、それを言ったら議論が終わるでしょ」
「じゃあ、好きにしろ?」
「それ、完全な禁句のひとつだよね」
「じゃあどうしろって言うんだ! みんななにをやりたいんだーっ」
「いやだからね、状況を俯瞰しててすね、みんながそれぞれ自分なりの正しさを持ち寄るわけですよ。そうした意見の交換のなかから、より強度の高い正しさってものが生まれるかもしれないじゃん」
「生まれねーよ」
「いや、だからそこは、そうは言っても……」
「確かに通用しやすい正しさ?は生まれるかもしれないけど、そんなの関係ないじゃん。生きてるの自分なんだから。状況を俯瞰?しないと自分なりの正しさなんて生まれない。だからわたしは俯瞰するんだよ。でもそれはわたしの正しさで、だれにもそれを強制する気なんてない。意味もない。逆に強制されたくもない。だから主張もしない。でも考えるのは好きなんだよねー。考えて、そのあとどうすればいいんだろう」
「ブログに書けば?」
「そしたら主張することになっちゃうじゃん! でも自分ひとりで考えてると、すぐに終わっちゃうんだよ。おもしろくないんだよ」
「もう、どうすれば……」
とりあえずは俺が聞くしかないんですが。
しかし俺にはモラルがないので、まゆみさんの話相手としては不適当であります。俺は自分の立場を変えつついろいろ相手になってみるのですが、すべて論破されて最後には「だから現実見ろって言ってんだろ。当事者はだれだ。おまえだろ」って話になってしまうのです。議論クラッシャーです。
しかしまあ、そのクラッシュっぷりもそうですし、クラッシュの前に出尽くす論点の豊富さ、その異常なスピード。それを見てるだけで充分おもしろいので、俺は今日もまゆみさんにネタ吹っかけるのでした。
ちなみに、奢る奢られるの話については「全部男の見栄が悪い。女としては断ると立場が悪くなる。だからしかたなく付き合う。しかたなく付き合ってやってるんだから奢れって気分にもなるよね」と申しておりました。まゆみさん自身は割り勘主義者らしいですけど。「そもそも自分のことは自分で、だろ。男も女も関係ないよ」とのことです。しかもまゆみさんは自分の主義を絶対にまげるつもりがないので、社会的な付き合いを持つのをいっさいやめてしまいました。まゆみさんが「引きこもり」を自称するのは、外に出て自分の主張をいっさいまげないと必ずトラブルが発生するため、俺という防波堤が存在しない場所にはいっさい出ないからです。いわれてみれば、引きこもりと構造は似ているような気もします。
ちなみに、俺と結婚する前は、実際にトラブルだらけだったもよう……。
2007/06/26 15:19 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
店でのお話です。
アルバイトで、高校2年生男子を採用しました。
採用の連絡をするあたりでレジがアホみたいに混みあって、ちょっとばかり連絡が遅くなりました。とはいえそれは、いつもきつきつのシフトで回していて、オーナー自身も労働力であるうちの店ではよくあることなので、面接のときにあらかじめ「30分くらい連絡時間が前後する可能性があります」ということを言っておくわけです。
面接した子は、うちの女子高生バイト2人と知り合いでした。通常だったら店内に知り合いがいる場合は採用しないのですが、この人手不足の折、贅沢なんぞ言ってられません。面接での印象がまともなら即採用くらいの勢いであります。
で、しばらくレジ打ってたんですが、そこに女子高生バイトが話しかけてきました。
「面接した○○(呼び捨て)、なんか泣いてますよ」
「は?」
話を聞いてみると、時間になっても連絡が来ないので、不採用になったと思ってうちのバイトの女子高生に電話をしてきたらしい。泣きながら。
ちょっと頭のなかでいろんなことが結線しなくなりました。
・えーと、あらかじめ時間が前後するってことは言ってあったはず。
・って、泣いて電話って。男だろ? 高校生だろ? もし不採用だとしても、それで泣くかふつう。
・いや、泣くところまではいいとして、わざわざ女に電話して泣くか?
とはいえまあ、なんとかしなきゃならん。本来だったらもう退勤してる女子高生2人にレジ打たせて慌てて電話。ものすごい鼻声で、ぐずぐず言っている当人が出たんで、採用の旨伝える。
ちなみに電話が終わって、レジもひと段落ついたんで、女子高生と雑談。
「……泣くか、ふつう」
「なんか繊細な感じの子だしね」
「うんうん。かわいいところあるよね」
「うん。かわいーよね」
かわいい? え、情けないとかじゃなくて?
意味がわからなくなってきたんで、質問を重ねる。
「でもさー、男ってあんま泣かないもんだと思ってんだけど。これが女だったらどうよ。不採用で泣いちゃう女」
「えー、うざい」
「なに酔ってんだって感じだよね」
え。そういうもんなんすか。
ほんとにそういうもんなんすか?
さて、特殊例をもって全体を敷衍するのはあんまり頭のいい行為とは呼べないわけです。が、個別の例に全体の流れが表れている、というのもまたよくあることでもあります。
俺が驚いたのは、まあ面接で落とされて泣く男子高校生がいることもそうなんですが、それをもってして「かわいいよね」と評する女子高生がいたということです。2人は、確かに際立って気が強いほうではあるんですが、かといって異常と呼べるほどの特徴があるわけでもありません。問題の男子高校生は確かに顔面はそこそこ整っているので、そういう意味ではより「許されている」感は強いのかもしれないですけど、かといって「かわいいよね」と揶揄の意味を含まずにストレートに評価されるってのもどうなんだろう、と思うのです。
俺は別に男尊女卑の人でもないし、その逆でもないです。性別というものに「肉体の違い」以外にどういう意味も見出さない人です。その意味では世間の標準からみて、いちばんラディカルな場所にいるといってもいいくらいです。
しかしその俺をもってしても「男が人前で泣くのはどうなんだろう。ましてやそのことで(いくら面接をした当の職場で働いてるからといって)女に電話して泣きつくのはどうなんだろう」という素朴な信仰めいたものは持っていたわけです。それが36歳の限界ってやつでしょうか。そういう問題じゃないような気がするんだけど。
この手の男と女の問題については、俺はずいぶんと前からことあるごとにテキストに書いてます。ずっとバイトを使う仕事をしてきたこともあって、主な観察対象は、そのときどきの高校生になるわけなります。
バイトを使う仕事をしてる人は似たようなことを感じてると思うんですが、たとえば15年前だと「高校生の場合、女はまず使えない」という先入観を持っていて、ほぼ正解だったんです。先入観なんてロクなもんじゃないですが、少なくとも面接での印象が似たようなレベルだったとしたら、先入観にもとづいて男を採用しておいてほぼまちがいなかった、ということです。ちなみに15年前当時、若い主婦は採用しちゃだめだ、というのも先入観としてありました。あくまで全体的な趨勢としてです。個別に考えれば話はぜんぜん別です。
しかし15年後の現在、この評価は完全に逆転しています。高校生の男はまず採用しちゃいかん、という先入観を持っていて、だいたいそれで正解です。とにかく、異常なくらい打たれ弱い。失敗すること、そしてそこから自力で物事を学んで「よくなること」。こうした部分がまったくといっていいほど機能してない。素直さという点では昔よりもいいんですが、いかんせんすぐ拗ねる。我慢ができない。ルールに従うことができない(これは男女問わず最近の高校生全体の傾向としてありますが、男のほうが程度はひどい)。
さて、件の新人くんですが、今日、初日研修でした。うちの初日研修は、店の仕事内容とか心構えについて2時間徹底的に説明しまくるという、ほとんどなんかのセミナーじみたものです。実際のところ説明しなければならないことは多く、しかも最初にある程度説明しておかないと、あとになってからでは身につかないことが多いのです。そして、厳しいです。最初のうち厳しくしておかないと、あとになって「これは仕事なんだからちゃんとやれ」と要求したところで、それが本当の意味では相手に通じないことが多いのです。
高校生あたりだと、そう集中力は長く続くもんじゃないですし、人の話を聞いてるフリをする、なんて器用なこともできません。必然的に飽きてくるんですが、そのときに「この説明を聞くことも金のうちだから。ちゃんと聞かないってことは、金もらうに値しない仕事してるってことだぜ。そんなことは許されてないよ」というようなかなり厳しい言いかたをするのです。それでだいたいは引き締まります。
しかしこの彼の反応はひと味違っていました。
じっと不服そうな顔をしてこちらを睨むのです。えーと、表情としては拗ねてるに近い。「なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ」みたいな。それでもって、そこからしばらくは話をまともに聞かない。で、話を聞かないことを責めると、今度は泣きそうな顔になる。泣かれたら厄介ですから、こっちだってトーンダウンです。
おそらく彼の内面の理屈はこうでしょう。
「自分は無条件で愛され、また機嫌をとってもらうべき存在なのに、こいつは意味わからない理屈で自分を責める。話聞いてもらいたいならおもしろく話せ。なにがわからないか察して当然だろ」
わかりやすくするために極端にしてますが、おそらくそう外れてないと思います。で、これって、俺の知ってる限り、いわゆる「女」のメンタリティなんです。あくまでカギカッコ付きの、ですけど。俺は、このタイプとは猛烈に相性が悪いので、特に鋭敏です。具体的には外見がよくてちやほやされてるタイプの女。
で、一方ではそれを「かわいい」と表現する女がいる。
このことは、今回だけのよほど特殊なケースなのかもしれないんですが、少なくとも俺の目の前でその特殊例が展開されたことは事実です。そして特殊例かもしれないけれど、少なくともこの手の男を「かわいい」と評価する価値観というものが、そう特殊なものではないということ、つまらないことで男が女に電話して泣き言(文字どおり)を言うことがさほど異常な行為ではない、というのはほぼ確実かと思います。
俺は常に現状追認しかしない人なので、そういうことがあれば「ああ、そういうものなのか」としか思わないんですが、従来の男女の価値観、ありかたというものが、大きく変化してきているのはまちがいないんだろうなーと思います。
そこで思い出すのが「せつなくて危険な恋がいっぱい」と銘打たれたような、若年女性層向けのエロマンガ雑誌です。ああいう雑誌に登場する男の類型が、完全な俺様男か、あるいはペットっぽいしっぽついてるわんわんっぽい男かに二極分化してることは興味深いです。
ちなみにまゆみさんにこの話をしたところ、以下のような返答でした。
「それは、あれだろ。女がタイプ別に分かれてきてるんだよ。男が使えないから自立するか、あるいはオンナを売りものにして利用できる男をつかまえるか、男に依存するか」
ちなみに男のほうについては、
「そんなもんだろ」
の一言で終わりでした。もはやそこになんの感慨もありません。
俺の過去のテキストをご存知の方は、まちがっても俺が「男らしさ」に拘泥する人間ではないことを、かなり微妙な感覚とともに知っていると思います。具体的には「女の子になりたかった……!」とか素で言えちゃうような人なんですが。
しかしそんな俺でも、ここまで情けない物体を見てしまうと、なんとはなしに不快感のようなものがある、ということに驚きました。もっとも、男女を問わずにこういう存在のことはあまり好きではないですけど。
しかしまー、なんつーか。時代も変わったなあ。変わったところで俺にとっては、バイトは、仕事できるかどうかがすべてなんで、まあどうでもいいっちゃどうでもいいんですけど。
しかしなあ、泣くかなあ。ふつう(以下無限ループ)。
2007/06/26 15:19 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
トラックバックなんかしてみたよ。
えーとですね。
<a href="http://blog.goo.ne.jp/ikafurai007/e/4be4bb6577d4212da87f10c891f5aa71">http://blog.goo.ne.jp/ikafurai007/e/4be4bb6577d4212da87f10c891f5aa71</a>
こちらを読んだのでした。
関連のテキストをいくつか読んでみたんですが、なんだかいろんなことがごっちゃになってよくわからなくなった。勉強できない人が難しい文章を読もうとするものじゃありません。哲学的に細かく腑分けして論じようとする議論なんかだと、もうまったくついていけない。まあ、こういうのって、俺がラノベ脳であることに問題があるのも確かながら、ある人にとって見える論点が、ほかの人にはそもそもまったく見えない、みたいな部分も問題なんじゃないだろうか。最終的に人は、ただ己の生きてきたようにしか物事を「見れない」し、あるいはそれを隠蔽しようとして書くことしかできない。基準になるのはあくまで「己」であって、そこに客観性は持ち込めない。もし無理やり持ち込むのであれば、それは己のを客観性の土俵のうえに置いたうえで、客観視された「己」と「事実」とのあいだの関数について記す、というような作業をしなければならないし、その双方を客観視する超越者ってのはどこにいるんだ、というような話になってしまい、つまり、なんだかよくわからない。というその「なんだかよくわからない」というのは、ほとんどの人が烈海王みたいに「数千年前に通過した」みたいなことなのかもしれない。でも俺は海王じゃないのだ。残念ながら。タントウからやり直せ、で、いまだにやってるのだ。
というわけで、俺はそうしたものをすべて排除して「己の幸福」にすべての論拠を置くような暴挙に出てみた。そうしないと生きていくのがなかなかつらいので。形而上であれ形而下であれ、ごはんであれ世界の幸福であれ、とにかくすべては「自分の幸福」につながっているかどうかがすべて。思考する人としてはおそらく怠慢であり、思考停止に等しいんだと思われるんですが、そうはいっても俺のこの肉体は現実に生きているので、論理で物事を考える前にまず生きろ、という話です。これが大人になるっていうことなんでしょうか。大人って汚いってやつでしょうか。
しかし「人は生きているのだ」というこの結論は一度は半分棺桶に足突っ込んでまで萌えーとかゆってた人間にとっての揺るがしがたい結論でありまして、なるほど棺桶のなかから見た世界は、すべてが奇跡に満ちていて、または絶望の展覧会であり、極彩色とセピア色に彩られた激情と郷愁の混乱であり、でもすべては結局「自分」という棺桶のなかに蠢いているさまざまなもののスライド投影だよね、という話。そのスライド投影そのものが美しさではある、というのはくれぐれも言っておきたいところではありますけど。
それでも、生きててナンボなのです。死んではまがまがしくて美しいスライドも見れないのであります。
だから俺は、今日も自分の幸福だけを願って生きるわけであります。
さて、そんな俺という長い前置きにお付き合いいただいたうえでですね。
イカフライさんのテキストと、その言及先のテキストをいくつかつらつらと読んでみたわけなんですけど、これってつまり「自分という存在がこの世界全体に関与しているのかどうか」という問題に見えました。俺言語で言うと「世界を引き受けているかどうか」ということです。引き受けたうえでどうするかっていうのは個人のモラルの問題なんで、ちょっとわきに置いておくとして。責任というのは、自分とその対象に関連性があるかどうかが問題なんで、この場合、先に来る問いとしては「関係している事実を認めるかどうか」が来るんだと思うのです。
ただこの「関係」というやつが成立するかどうかはどこのだれにも証明できない。まあ因果関係の濃度の問題っていうのは現実的にはあるでしょうけど、濃淡の違いというのは原理的には無関係な話です。濃かろうが薄かろうが、とにかく「あればある」んだから。だから、風が吹けば桶屋が儲かることはありうるわけです。もちろん風が吹いたって桶屋が儲からないことだってあります。というかふつうない。
だから俺に言わすと「そんなこと気にしたってしょうがないじゃん」という話にしかならないんです。あるいは「気にするにしたって自分の気の持ちようひとつじゃん」ということになる。
俺は極端な自己責任論者なんで、この世界に存在するすべてのものは自分と関係している、と考えます。すべての物事が自分と無関係である、と証明することはできないからです。関係している、と証明することもできないですけど、こっちは自分の意思で関係しようと思えばできる以上、可能性としては「関係している」ほうが濃厚なんです。なにしろ「関係したくない」という意思を持った時点で、対象とある種の関係を構築していることはまちがいないですし。
しかしそれでは「郵便ポストが赤いのも俺のせい」となって、発狂してしまうので「己の幸福」というものさしを用意したのです。
この「己の幸福」の内部には、たとえば「俺も人間だしなー、一人で生きてくのもつらいよなー。だからだれかと一緒がいいなー」とか「お金あったほうがいいなあ」とか「まゆみさんの喘息を俺のなまあたたかい息で吹き飛ばせたらいいなあ」とかが入っています。いや、ステロイドで一時的におさまってますけど(だれもそんなこと聞いてない)。この「幸福」のなかになにが入っているかは人によりさまざまなんですが、そこで人間どうしの利害はぶつかることが多いです。ぶつかったときどうするかっていうと、話し合いとか戦争とかまあいろいろあるんですが、それはまた別の問題。ただ俺自身は、徹底した利害の追及は、最終的には「みんななかよく」にしかならないと思ってますけど。
で、こうした「己の幸福の追求」という観点からいえば、目の前のホームレスを見殺しにすることによって「あのときああしていえば」という後悔めいたものが発生するのであれば、それは自分にとっての不利益なのです。だからどうにかすべきです。逆に「自分にとっての不利益にならない」と判断してスルーしたのであれば、たとえ風の噂でホームレスが死んだとしても、あるいは当人が亡霊になって「あのときおまえがスルーしたせいで死んだんすけど。マジうらむ」とか言いに来たとしても後悔すべきではない。
俺の考えでは、人はその瞬間瞬間において、無数の判断の連続のなかを生きている。そして、時間は不可逆である以上、選択してしまったことは変えようがない。後悔は体に悪い。幸福であることは楽しい。だから、できるだけ後悔しないように選択を続けよう。ちなみにそんな俺にとって「時間の流れ」というものは敵にも等しいですが。36歳にもなって、時間の流れに喜びを見出すことができないのは一種の中2病じゃないかと思います。
おやつ募金の話にしても同様で「その200円で助かるだれかがいるかもしれない」と思うのならば、そしてそのことで自分が気分いいならすればいいです。このときに「そんなの関係ないし」と思うことは、俺は一種の軽いニヒリズムだと思います。必要なのは「俺は200円を払わなかった」という選択をした、という自覚。あるいは「払った」という自覚。結果を求めるかどうかはまた個人によって判断が違うでしょう。こんな考えでいる以上「確かに役立った」という結果を求めるのも、俺にとっては不純に当たらないし。「確かにだれかを見殺しにした」という結果を求める必要は別にないと思うけど、結果としてそれを知ったときに、おやつを買った以上は、良心を痛めては「ならない」。どこか遠くのアフガンの人なんかよりも、目の前の自分のおやつのほうが大事だったんですよ。自分はそういう判断をしたということです。なにしろほら、人間、生まれる場所だけは自分で選択できないから。運がいいとか悪いとか、そういうのは言いたくないけど、生まれたときに与えられた運命だけは変えようがないです。そこに不平を唱えるのも自由だし、変革していくことも甘受することもすべては自由です。しかし「変えられない」という一点だけはどうしようもない。
以上、すべての文章は、ただ「自分の幸福」だけを考えたときにそう考えられる、というだけの話です。幸福を指向しない考えかたがあってもいいけど、それは俺の守備範疇じゃないです。俺は俺の生きてきたやりかたでしか物事を考えられないですから。
そして俺は、根本的なところでくるくるぱーなので、自分の幸福を願えば、自分のそばのだれかを幸福にせずにはいられない、と考えるのです。そして自分とだれかの幸福を願うのであれば、自分たちの周囲のみんなを幸福にしなければならない、と考えるのです。だから、世界平和を願うには、まずご町内を幸福にしなければならないわけです。ハイル・イルパラッツォ!なわけです。それで、俺はせいぜい、まゆみさんと自分の持ってる店くらいしか面倒みれないのです。
ちなみに偽善については「偽善も善のうちさ」です。徹底すれば華ですよ。偽善を責める人は、むしろ偽善が徹底してないことを責めるべきだと思いました。中途半端な嘘はつかないほうがよいのです。あるいは嘘つきの称号は謹んで受け取ればいいのです。
という感じなんですけど、どうでしょう、まゆみさん。「あんたの日本語はわからない」と言われて終わりそうな悪寒です。でもまゆみさんはここまで人悪くないよね……。でもまゆみさんも世界の平和を願っている人なのです。なぜなら世界が平和だと、安心して自宅に引きこもっていられるからだそーです。それもたいがい豪快ですが。
2007/06/26 15:18 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (10) | トラックバック (0)
自宅PCの電源が死にました……。ファンも回らないので、もう確定でしょう。ちょっとシフト的に厳しいのもあって更新しづらくなってます。死んだはずのまゆみさんのグラボは生き返ってます。たぶん熱ですよね……。くれた人、すごい発熱量だって言ってたもんなあ……。
近況としては、ばーさんの耳が遠くていらいらします。インスタントコーヒーを探したに来たじーさんに場所教えてあげたら、次にコーヒーの隣にあるクリープの場所を聞かれて軽くキレてます。まゆみさんは、ちびすけちゃんと同居を始めたら皮膚の調子が悪いです。ぬかづけちゃんは、牧草を食べません。ぽりんちゃんは布団の上から動きません。鶏竜田揚棒は売れています。以上です。
2007/06/26 15:17 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
最近気の抜けたような文章ばかりが続いていますが、つまり俺の気が抜けてるからです。てゆうか最近仕事が忙しすぎるのです。とはいえ一定回数キーボードを叩いてないとストレスが解消できないので、なんでもいいから文章を書いてみる。俺にとっては、文章を書くことと同じくらい、キーボードを流れるようにタイピングするのがストレス解消なのでした。でも流れるように叩けてないという話もあります。タイピングの速度を判定するようなツールとか、一度だけチャレンジしたことがあるんですが、そのときの結果は散々でした。どうもああいうものって身構えてしまって、いきなりミスタイプを連発しだすのです。ふだんの打鍵速度ってどれくらいなんだろう……。
てゆうわけで、
<a href="http://www.jassa.jp/check/index_web.html">http://www.jassa.jp/check/index_web.html</a>
このへんでちょいと試してみたんですが、結果。
出題文字数 308
入力文字数 244
正解文字数 221
1分あたりの文字数 73
所要時間 180 秒
ということで、速くもなんともないです。むしろほとんど初心者レベル。長年親指シフターやっててこの体たらくってのはちょっとありえない。1分で73文字って、ほぼ1秒で1文字って感じじゃん……。もし本当にこの速度でこれだけテキストを大量に更新してるんだとしたら、俺はただのアホですが。いったい何時間かけてるんだ。
ちなみに1回のテキストにかける時間はだいたい20分から30分くらいです。なんにも考えないで書いてますから。
まゆみさんは2時間くらいかかるそうです。頭使って書いてますからねえ……。
一昨日、小田原のほうまでドライブに行ってきました。連休の狭間ってことで意外にも道路は混んでなかったです。ひたすらバイパスを使わず、国道1号を走りました。これだけ助手席経験が長いにもかかわらず、まゆみさんは意外にも国道1号の藤沢より西を通ったことがなかったそうです。まあ、あれ、昼間とかに続けて通過するような道じゃないからねえ。
印象深かったのは、平塚のあたりで見たホームセンターが品揃えがバカによかったことと、小田原で寄ったローソンが、たばこを170アイテム置いてたことです。そこまで行くともはや利益に貢献してないんじゃないか、という気がしてきますが。ソブラニとかいるのかあれ。
そのあと結局箱根越え。まゆみさんは後部座席で揺られているうちにほどよく眠くなってきたらしいです。峠を越えて静岡側に下りるときには寝てました。そんで、沼津のインターから東名に乗って、海老名とかでごはん食って帰ってきた。まあいつもどおりのドライブです。海老名のSAの軽食コーナーのラーメンはかなりがっかりな味がするので気をつけてください。カレーはおすすめです。いやほんとに。ラーメンすごいがっかりだった。
しかし、ドライブのあいだ、まゆみさんは本当に車から降りません。別に降りなくても悪いことはなにもないんですが、あれほど純粋に「ただ車に乗ってるだけ」で退屈しない人というのも稀なんじゃないかと思う今日このごろでした。ドライブを楽しむということなら、あれほどストイックにドライブを楽しんでる人もいないんじゃないかと思う。まあ、ただただ運転し続けて飽きない俺も俺ですが。腰痛と足の疲れと目の疲れさえなければ、一日中運転しててもまったく飽きないもんなあ。あ、渋滞はいやだ。
というわけで、ものすごく気の抜けたテキストをお送りしてみました。
明日は、こう、耳目をそばだたせ天地を揺るがし、疾風怒濤のごとくネット世界を駆け回るような衝撃的なテキストを書く予定です。嘘です。でも「衝撃的なテキスト」で真っ先に思いついたことが「とりあえずうんこで始めてうんこで終わってみよう」だったあたり、まじで小学生脳です。中二病の小学生脳とかどうだろう。あたまよわいな。
2007/06/26 15:17 カテゴリー: MK2がなんか書いた | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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