最近、あまり文章を書くペースが早くないMK2です。しかもあんまりおもしろくない。
ひょっとしてこれスランプってやつでしょうか。憧れてたんですよ。スランプ。なったことないから。深刻なスランプ起こすほど力を入れて文章を書いたことがない、という話もありますが。しかもなってみると気分悪いですね。
なので、淡々と事実を報告したようなふつーのテキストが続くかと思いますが、見捨てずにお付き合いいただければ幸いです。
そんなわけで、俺とまゆみさんは、おいしいコーヒーを求めて、神奈川県の外れの半島の先端から、ほとんど東京である神奈川県の外れまで車で行ってきました。
で、いろいろ考えたんですけど、向こうも商売である以上、だれかが宣伝するぶんには問題ないかなーと思って、店の名前と所在地出しちゃいます。よみうりランド駅前にある加藤珈琲店という喫茶店です。
以前、そのお店のすぐ近くで友人がコンビニをやっていまして、俺はその手伝いによく行ってたんです。立ち上げの段階ではだれもが素人です。そして俺は経験者で、しかもそのころフリーター(というかわずかばかりの退職金でなにもせずに遊んでたという、よりタチの悪い物体)だったので。
俺はほとんど無給でかまわないと言っていたのですが、友人としてはそうはいかん、ということでちゃんとお給料くれてました。義理堅い人です。
妹に連れられて行った二俣川駅近辺の喫茶店については、俺としては外れっぽかったので、その雪辱戦というわけじゃないですが、時間を作って無理やりに行ってきたのです。
不安はありました。前に加藤珈琲店に行ったのは、かれこれ10年前になります。そのあいだ俺もいろいろコーヒーを飲んでいたし、なにより記憶というのは美化されがちです。さらにはコーヒーっていうのは強度に嗜好品であるだけあって、場の雰囲気とかそういうものを総合的に含めて判断されがちです。あのころ喫茶店で読んでいた本はスレイヤーズだったなあ、そういや同居人はアメリアが好きだったなあ、いや、どっちかっていうとあれは鈴木真仁が好きなんであって、アメリアのほうはあとづけかなあとかそういう、事実に関する記憶っていうのは美化のしようがないですが、味覚とか、雰囲気とか、そういうのは記憶としても曖昧な領域に属すると思うのです。
途中、ありえないわき道開発に失敗して意味もわからずニュータウンのなかをぐるぐるしながら、目的地に着いたのはもう昼過ぎでした。だいたい4時間かけて神奈川県を横断したことになります。横横使ってこの時間のかかりかたはちょっと異常です。しかもまゆみさんはニュータウンが嫌いなのです。ふつうニュータウンなんてものに対して好悪の感情を持つのはちょっと変態、いやまちがえました、珍しいと思うのですが、まゆみさんのよくわからない明晰な頭脳は、ニュータウンというものの設計思想、そこに住まう人々の趣味嗜好までをガラス張りに見抜いて、そうしたものにまゆみさんは「好き嫌い」を持つのです。それを言葉にすると「こじゃれてんじゃねえよ」ということになります。まゆみさんの目には「ステータス」というものが見えません。また機能性以外のデザインに対する欲求というのがよくわかりません。それらはすべて「不純」だとまゆみさんは判断するのです。おまえは柳宗悦か、とほとんどだれにもわからないであろうどうでもいいツッコミを入れたくなる気分です。
それがまゆみさんの美意識にもとづいた単なる趣味であり、まゆみさんの内部に深く沈潜し、まゆみさんという人格をかたちづくる要素のひとつの声なき声として機能している限り、俺は別に反対も賛成もしないのですが、まゆみさんはニュータウンをぐるぐると回っているうちにだんだん不機嫌になってくるのです。ありえません。ニュータウンの景観で不機嫌になる人。聞いたこともないです。
とりあえず俺は話題を探そうと、てきとーに話しかけます。
「ま、まゆみさん。あれがきっと、いまはやりの隠れ家系のカフェとかですよ、ほら!」
ニュータウンだのステータスだの雰囲気だの、そういうものを理解しない人にそんな話題を振ってどうしようというのでしょう俺は。食い物は人の生命を養うためにあるのであり、過剰に金をかけることはたぶん悪徳だと思ってるに違いない人にです。
案の定、まゆみさんは言いました。いや、まゆみさんに言わすと、いま車に一緒に乗っているうさぎのぬかづけちゃんが言っているらしいのですが、
「隠れ家なんてそんな、堂々と表通りで商売できないようなものをおまえのところは出してるのかー。商売は堂々とやれー。隠れるなー。なんで隠れるんだー」
涙が出そうなほど、そういう問題ではありません。だいたいそれはクレーマーの論理です。
そんなこんなで苦労を重ねて、ようやく到着したよみうりランド駅。
てきとーに駐車場を見つけて駐車。
よみうりランド駅近辺はちょっと変わった構造をしています。たぶん駅の背後まで山が迫っているせいでしょうが、都市機能に当たるものが駅前にぐちゃぐちゃと集合しているのです。また、私鉄の古い駅にありがちなんですが、駅のすぐそばまで住宅地が迫っている。俺はこういう、およそ都市計画と無縁な町というのが大好物です。
「まゆみさん、喫茶店に行く前にちょっと散歩していこう」
「なんで?」
「それはほら、散策というか。目的もなくぶらぶらと歩きまわって、町を眺めるのって楽しいから」
「私、目的もなくぶらぶら歩いたりするのが嫌いなんだけど」
「散歩とか……ね?」
「散歩ってなんでするの? 意味わかんないんだけど。てゆうか歩くの嫌い。散歩に付き合ってほしければ、もう少し策を練りな」
すごいです。利害が真っ向から対立しています。
まゆみさんに言わすと、25歳くらいまで、毎年のように神戸を訪れて、ただ丸一日歩いて帰ってくるだけ、という行動を繰り返していた俺のほうが変態ということになるでしょう。
結局散歩はせずに、目的の加藤珈琲店に行きました。
内装はいい感じに古びていました。カウンターの背後の壁一面を占拠している無数のコーヒーカップも記憶どおりです。いちおー好みのカップを指定できるらしいですが、マスターはそんなことはなにも言いませんでした。
客は俺らだけでした。それで無言というのもちょっと気まずいです。
まゆみさんのコーヒーに関する嗜好をネタにマスターに話しかけます。
「こちらのブレンドはどうなんでしょう。妻がね、酸味がだめらしいんですよ。それで、どこに行ってもブレンドが飲めなくて、マンデリンばっかり飲んでるんですけど」
「それならね、ビターブレンドというのがありますから。マンデリンも酸味は少ないですけれども、残りのほうはね、どうしても酸味が出ますから。ビターブレンドなら、アイスにしても酸味が出ないくらいですから、問題ないと思いますよ」
ああ、こうやってコーヒーについてするすると答えてくれる喫茶店のマスターっていま少ないよなあ……。まあその人も言ってましたけど「飲み歩きをする人も少なければ、それに応える喫茶店のほうも少ない」と。ドトールやスタバなどもたくさんあるし「なんとなく間に合ってしまうんでしょうねえ」とのこと。
というわけで、俺はオリジナルブレンドを、まゆみさんはビターブレンドを註文。
基本的にこうした個人商店の店が苦手な俺とまゆみさんにとっては気まずい待ち時間。
やることもなくて、マスターの手元を見ると、プラスチック製っぽいどうでもいいサーバーに、どこにでも売ってそうなフィルターで、てきとーに淹れてるように見える。
そしてようやく出てきた一品。
ものの味について解説する語彙を俺はあんまり豊富に持っていないので、説明するのは難しいです。なのでまず、この喫茶店のコーヒーが、ケタ違いにうまかった、ということを先に言っておきます。コーヒーというのは嗜好品なので、それを好む人の数だけ価値観があるといってもいいと思うんですが、それでも客観的な指標というのはある程度存在すると思うんです。
まずコーヒーというのは、なにはさておき香りです。飲む前に香りを確認します。そのときに……これはどうやって説明したらいいのか本格的にわからないんですが、本当にいい香りを出すコーヒーというのは、コーヒーからまっすぐに香りがたちのぼって、すーっとなんの違和感もなく入ってくるんです。作りものでない、本当のコーヒーの香りです。
そして味。その喫茶店のコーヒーの持ち味というのは、ブレンドです。マスターの趣味にしたがって、各種の豆をブレンドして「この味がおいしいと思う」と提示してくれるのがブレンドです。バランスのとれたおいしさを作ることもできますが、てきとーに安い豆を使っていたりすると、どうしても雑味みたいなのが出てきます。クリアじゃないんです。これは特にコーヒーが好きじゃない人でも、質の悪いブレンドと、大して腕のよくない人が淹れたストレートを比較すればわかると思うんですが、たとえ腕がよくなくても、ストレートのコーヒーにはクリアさがあります。そこでストレートしか飲まない、という人も出てくるんですが。
ところがこの加藤珈琲店のブレンド。俺が飲んだのは「バランスのとれた味わい」というオリジナルブレンド。どっちかっていうと酸味は控えめの仕上がりなんですが、コクがあるのに、まったく雑味がないんです。なんていうんだろう。コーヒーってお茶の一種なんじゃないか、と思うくらいに。酸味も、てきとーなコーヒーの酸味っていうのは即後味の悪さにつながるんですが、本来は口に含んだ瞬間の奥行きみたいなものを出すために不可欠なものだと思うんです。そういう意味での豊かな酸味。
ドトールのブレンドって、バランスがよくて、そんなに嫌味もなくて値段のわりにはおいしいと思うんですよ。でも、このブレンドと比較すると「コーヒー風の飲料」としか思えなくなる。なにか「加工してこの味を出しました」という雰囲気がどうしてもするんです。
まゆみさんのビターブレンドも飲ませてもらったんですが、こちらも完璧でした。酸味はきれいにカットしてあるんですが、かといって苦味が尖っているわけでもなく、単に「コーヒーのおいしさ」としての苦味がきれいに出ていて、しかも酸味がないぶん、後味が非常にすっきりしている。
とにかく、呆れるほどおいしかったです。
まあ、個人商店であるがゆえの居心地の悪さみたいなのはありますが、それは常連になってしまえばどうということもないものです。てゆうか俺らがチェーン店に慣れすぎ。
そんなわけで、おすすめです。加藤珈琲店。
月に一度は行こうと思います。
あ、ちなみに行ける場所に住んでる方、行こうと思う方に一言。もし「あんまりコーヒーには詳しくないけど、おいしいのなら飲んでみたい」というのであれば、余計な知識は披露しないほうがいいです。相手はプロですから。オリジナルのブレンドを註文して、その味を基準に考えたほうがいい。家系の味濃いめ油多めとかと同じですね。もしコーヒーに対する明確な嗜好があるのであれば、それをマスターに伝えれば、それにあったコーヒーを薦めてくれるはずです。
で、できればブラックで味わうことをおすすめします。
帰りがけはニトリに寄って、サンバーたんの後部座席(というか俺らの居間)に敷くマットレスを買いました。ちょっと前に、サンバーたんでちょっと長めに熟睡したとき、まゆみさんがかなりひどい腰痛を起こしてしまったので、その対策として。
サンバーたんの部屋化がいっそう進みました。
あとは、相模原のジャスコで惣菜買って食いました。いつもどーりです。
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